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キャンディはワンコである

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『時間外のルベウス』 ⑫


 ミキの部屋。そっとドアを開けると、最初にパッと目に入ったのは可愛い縫いぐるみが沢山並べられた箪笥だった。それは入り口から真正面の位置にあった。その隣には勉強机。まだ新しく、机の上の軟質ビニールのシートも光って見える。机の横のフックに掛かった赤いランドセルには黄色いカバーがかかっていた。それは一年生というしるしだ。ミキは部屋の中へ足を踏み入れた。そして、吸い寄せられるようにベッドへと近づいて行った。
 幼いミキがベッドに入っていた。目をギュッと瞑っている。お母さんに怒られるから、無理に眠ろうとしているのね、ミキは彼女をとても可愛らしいと思った。こうして、夢の中で幼い自分を大人になった自分が客観的に見たり出来る事を、今楽しんでいた。この枕、布団、皆覚えている。ひざまずき、懐かしい布団へ顔を埋めようとした時、小さな音に気が付いた。ミキは、幼いミキを覗き込み、様子をうかがった。
 ギュッと固く閉じた目、ガチガチと鳴る歯、細かく震える髪・・・幼いミキは震えていた。顔色も悪い。
(どうしたの?大丈夫?)
 ミキは思わず声を掛けていた。すると幼いミキは目をうっすらと開けてミキを見た。
(寒いの・・・すごく・・・)
(熱が出ているのね。寒気がするのね?)
 どのくらいの熱なのだろうかと、右手でおでこに触れてみた。
(あったかくって、気持ちいい・・・)
 幼いミキが言った。そして小さな手を布団から出して、ミキの手を取り、自分の頬に当てた。
(あったかい、あったかい・・・)
 嬉しそうに右の頬、左の頬へと交互に手を持っていく。気持ち良いのか、とミキは左手も頬に当ててやった。手の上から、小さな可愛らしい手が自分の頬へギュッとミキの手を押しつけている。
 あったかいの?気持ちいいの、良かったねとしばらくそうしてやっていた。でもどうして?どうしてあったかいのが気持ちいいの?熱が出た時って、頭は冷やした方が気持ち良いんじゃないの?そう思った時、ミキは、少女の額や顔が熱を持っているとは思えない位の体温だということに気が付いた。手を当てているのだが、そんなに熱くない。熱が出ている人の顔は、もっと熱くほてっている筈だ。そこでミキははっとした。熱が出ているこの少女よりも、私の体温は高いのか?
(本当に熱出てるの?そんなに熱くないけど・・・)
(お姉ちゃん、だあれ?)
 ふと思い出したように問いかけてきた。
(お姉ちゃん、ね、あなたと同じ・・・名前なの。)
 どうせ夢の中だ、何とでも言えばいい。
(お姉ちゃんも、ミキっていうの?)
(そうよ。)
 幼い自分と会話をする夢・・・
(ふうん。)
 ミキの両手をずっと自分の頬に押しつけながら少女は震えていた。かわいそうに・・・ミキは何も言えずに、震える少女の顔を見つめていると、少女は急に真上の天井に目線を移して小さく呟いた。
(帰りたい・・・私、帰りたくなっちゃった。熱が出ると、帰りたくなるの・・・)
(ここはミキちゃんの部屋でしょ?)
(帰りたいの・・・)
 少女の目に涙が浮かび始めていた。帰りたい、そう言いながら目に涙をためている。目尻から透明な液体が流れ落ち、ミキの指先にあたった。それはだんだんと掌全体にしみ渡って行くくらい大量に、次から次へとこぼれだした。拭いてやりたいのだが、力を込めた小さな手がミキの手を頬から離さない。ミキはただそこでそうしていることしか出来なかった。
 次第にミキの心に変化が起き始めた。さっきまでは、これは夢なのだからと思って半分楽しんでいたが、この泣きじゃくりながら寒がっている少女を見ていると、なぜか無性に悲しくなってきたのだ。何故だろう、物凄い悲しみが胸に突き上げてくる。ミキの眉間に皺がより、唇が歪んだ。少女の顔が涙でぼやけてきて、
(帰りたい・・・)ミキはそう言って布団に顔を埋め、泣き続けた。


     つづく
by kazuko9244 | 2012-05-07 20:32 | フィクション

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