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キャンディはワンコである

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『時間外のルベウス』 ⑰


「今だ。」
 老人の合図でタケシは力いっぱい体重を掛けてドアを押し開けた。ひどく重く感じたすぐ後、裏側でガツン、と鈍い音がした。何だ?と一瞬裏側を見ようとしたが、ドアを開けた勢いでタケシの身体中に熱風がぶち当たってきた。左手で顔をかばい、一瞬躊躇したが、指の隙間から部屋の中央に眠るミキを発見した。部屋の中に足を踏み入れた時、タケシの全身を焼け付くような空気が包んだ。タケシは口から入る熱い空気によって息苦しさを覚えた。ミキのところまで進むのは困難かと思われたが、彼はそこで諦めなかった。熱をかき分けるように進む。ミキに近付いて行くと、後ろでドアが閉まる音がした。振り返ると人が倒れているのが目に入った。もう一度ミキの方を見て、また振り返った。あれが・・・ドクター・ロウなのか?ドアからミキまでの距離の半分まで来ていたが、タケシは引き返した。そして仰向けに倒れている人物に近寄り、見下ろした。白く美しいその人物は、ドクター・ロウなのだと直感した。しかし、目を閉じたその顔はドクターと呼ぶにはあまりにも幼いように見えた。
 老人が思い切りドアを開けろと言ったのは、こうやってロウを気絶させる為だったのだ。そしてその間にミキを連れ出す・・・。タケシはミキの方へ走り寄った。動く度に身体全体に熱い空気がまとわりつく。もしもタケシが今平常な心理状態ならばほんの一分ももたなかっただろう。その場でめまいを起こし、倒れこんでいただろう。今のタケシは平常な心理状態では決してなかった。ミキを助け出す、その強い気持ちだけが彼を突き動かしているのだ。
 タケシはミキを抱き上げようとして彼女に触れた。熱い、熱があるのかと思った。この熱のこもった部屋の中で、どれくらい眠っていたのだろう、こんなに熱くなるとは、速く連れ出さなければ危険だ、そう思う中、タケシ自身も頭がぼんやりとして来ていた。両手に力を込めた。ミキを抱き上げる。そしてドアに向かって進んだ。一歩一歩前進する足が鉛のように重い。ドアまでの距離を歩く時間がひどく長く感じられた。首まで浸かった水の中を進んで行くように、全身の筋肉を必要以上に使う。それに、ミキの体重が加わって、タケシはもうフラフラだった。しかし、諦めない、、倒れたくはない、そう強く思いながらやっとのことでドアまで辿り着いて開けようと思ったが、両手が塞がっていることに気が付き、ミキを左の肩に担ぐようにして右手を自由にした。まだ気が付かないロウを横目に、ドアノブに手を掛けた。予想もしていなかった熱を、そのドアノブは持っていて、まるで焼かれた鉄のようだ。タケシの掌の水分がジュッと音をたてた。けれど彼はノブから手を離さなかった。このままでは自分の手の皮がずるりと剥げてしまうだろう、だが、そんなことはどうでもよかった。どんな扉でも開けられる、と言った老人の言葉が頭の中で繰り返されていた。もう少しだ、この扉を開けて、ここから脱出するんだ、それだけを思う気持ちがタケシの右手に力を与えた。ぐいっとノブを押し下げ、手前に引いた。するとまたその勢いで今度は正常な夏の気温の空気が冷風となってタケシとミキを包んだ。それは入って来た時に感じた熱風の不快感とは正反対の心地よいものだった。タケシは調整室から店の奥へと繋がる一歩を踏み出し、後は一直線に店の外へ飛び出した。左肩にミキの重みを感じながらタケシは夏の温度をとても涼しく、気持ちよく身体に受けていた。


    つづく
by kazuko9244 | 2012-05-12 19:02 | フィクション

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