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キャンディはワンコである

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『時間外のルベウス』 22

 「彼女を返してくれないか、今すぐに。」
 その声は、スピーカーから部屋中に低く響いた。驚きが逆に頭の血を逆流させたかのように再びタケシを正気に戻した。俺に言っているのか?ミキを返せと。
「どうしてここが・・・?」
「ルビーが3つ集まれば、すぐにわかる。」
「だめだ。返さない。」今度はタケシの落ち着いた声が響いた。
「彼女はお前とは違う世界で生きる人だ。彼女には使命がある。私と共に地球を救い、研究を進め、他の病んでいる星も治療していくという、無限に広がる輝かしい未来がある。その芽をお前は摘み取るのか?」
「だめだ、返さない。」
「分からないのか。」
「分からねえよ。」
「ならば、仕方ない。彼女の為に、そちらの温度を上げなければならなくなる。」
 ロウはそう言ったかと思うと、右手の大きな赤い石に小さく何か呟いた。
 しばし静寂が流れた。雑音が空気に吸い込まれていくように消えた。ロウが冷笑を浮かべてタケシを見ている。こいつ、何をする気だ?いったいどんな力を俺に見せようとしている?タケシは全身の力を込めて睨みつけた。
 その静寂を壊したのは、フラッシュのような青白い光だった。瞬きをしているうちに見逃してしまうかもしれなかった。タケシは窓の外のそれを見た。その青白い光が地上の全てを照らすかのように大きく、空から降って来たのを。
 何だ?ベランダへ飛び出すと、近所の犬が吠えた。それを皮切りに、遥か遠方から複数の激しい犬の鳴き声が聞こえてきた。その声はどんどん近付いて来る。まるで波のように、こちらに向かって来るようだ。そしてもう一度辺りがパッと明るくなったかと思うと、眩しい程真っ白になった空が、だんだんとピンク色を帯びてきて、その色は急速に濃くなっていった。犬の異常に気が付いた住民が家から出てきては空を見上げ、大声や悲鳴を上げる。異常から危険へ、驚きから恐怖へと、誰もが気持ちを変化させて行く。
「温度を上げるって、まさか・・・。」
 タケシの胸は、とてつもなく嫌な予感に騒ぎ、その予感が現実のものになってしまった場合の、その後の状況を想像していた。ベランダから急いで部屋のテレビの前へと戻り、画面に映ったロウに向かって叫んだ。
「やめろ!焼け野原になる!」
 ロウは再び指の赤い石へ向けて何か呟いた。窓の外の赤さと騒ぎが一層増したようだ。タケシは窓の方を見ながら、この先、起こりうるであろう状態をまた想像した。
「やめろ!やめてくれよ!」画面と外を交互に見ながら叫び続ける。
「タケシ・・・?」名前を呼ばれて振り向くと、ミキがベッドの上で起きあがっていた。
「どうしたの?」
 ミキはベッドから降りて、タケシの方へ来ようとしたが、外の騒ぎに気が付き、ベランダへと出た。犬という犬が吠えまくっている。人々が空を指さして恐れに強張った表情を浮かべ、それぞれ何か口走っていた。ミキはただならない事態を認め、恐る恐る視線を上へ上げていった。
 空一面が赤一色だった。まるで血のような赤色が視界いっぱいに広がっていた。
 夕焼けとは明らかに違う、鮮血をぶちまけたような空。泣きだす子供、頭を抱える人々、吠え続ける犬。ミキはこれが自分のせいなのかもしれないということを直感していた。さっき程は寒いと感じなくなった身体。それだけで充分理由になる。肩をがっくりと落とし、ベランダから部屋に戻ると、タケシがこっちを見ていた。体中汗びっしょりだ。髪まで風呂上がりのように濡れている。
「タケシ・・・。」ミキがタケシに歩み寄り、抱きついた。
「大丈夫?」抱きついたままでミキが言うと、
「熱い・・・。」タケシは小さく言った。はっと気付いたミキが、タケシから離れた。
「ごめん、私の体、熱いね・・・。」
 二人の立場はさっきまでと逆転していた。ミキは普通の体調に近付き、タケシは遠のきつつあった。熱さに頭はふらついていた。このままだと、自分を支えることすら難しくなる。そんなタケシを、ミキの赤い瞳が気遣っている。そしてその瞳は、テレビの画面へ映るロウへと向けられた。ロウの赤い瞳と、ミキの赤い瞳が合った。二人はしばらくそのままお互いの瞳の奥を探るように見つめ合っていた。そしてミキは心を決めた。このままでは地上の全てが熱にやられてしまう。それを防ぐにはどうすれば良いのか・・・ミキはロウの顔を見て言った。
「私、行きます。」
 その言葉を聞いたタケシは、ミキの腕をよろけながら掴んだ。
「行くな。冗談じゃない。」
「でも、行かないと皆がやられてしまう・・・タケシだって・・・。」
「行ったらおしまいだぞ。」
「私のせいで皆が苦しんじゃいけない。」
「ミキ!」
「ごめんね、タケシ。」
「だったらミキ、指輪外せ、その指輪がなければ、あっちへは行けないんだろ、外せ!」
 タケシはミキの指から指輪を外そうとした。しかし、引っ張っても、回してみても、指から指輪は外れない。それでも何とかしようと力いっぱい引っ張ってみた。
「無駄だ。一度すると外れない。ピアスだって同じだ。」
 ロウの声に、タケシは自分の耳たぶのピアスも外そうと試みたが、彼の言う通りキャッチャーがどうしても外れない。一度すると外れない・・・畜生、何てことだ。
「だったら、俺も行く。」
 ミキが驚いてタケシを見た。そんなの無理よ。そんなに弱ってるのに・・・行く先は今よりももっと温度の高い所・・・死んでしまうよ・・・ミキが首を横に振りながら泣きだした。その手を引いて、タケシはミキと共に部屋を出た。


   つづく
 
by kazuko9244 | 2012-05-18 20:40 | フィクション

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