人気ブログランキング | 話題のタグを見る

キャンディはワンコである

kazuko9244.exblog.jp
ブログトップ

『時間外のルベウス』 27



 二人が居た場所から川原はすぐ近くだった。しかし、川原へ下りても、その川原のどこら辺にロウが居るのかは分からない。タケシとミキは、二手に分かれて探す事にした。走り分かれる時、タケシが振り向いて、
「ミキ、お前、大丈夫か?」
「大丈夫!」
 声だけは元気だったが、かなり疲れているように見える。それに、寒そうに身体を揺らしている様子から、彼女も気力だけで頑張っているのだということが見て取れた。心配そうにミキを見ながらも、ロウを探すべくまた走り出した。
 それからは、あまり長くはかからなかった。タケシが見まわしながら、ロウに呼びかけながら、ほんの数十メートルくらい進んだところで、
「タケシーー!!」ミキの声が遠くで小さく聞こえたような気がした。立ち止まり、耳を澄ますと、
「タケシーー!」もう一度聴こえた。確かに、ミキが呼んでいる。タケシは戻った。今まで来たところを全速力で走り戻り、ミキの姿を目で捕え、その、ほんのすぐ側に倒れている人物をロウだと認めた。
 ロウは両腕で自分を抱き締め、横向きに身体を丸めるようにして倒れていた。顔色は血の気が失せて白く、唇は紫色になっている。今にもそのまま凍りついてしまうのではないかと思うくらい、儚げに見えた。
「震えは通り越したんだろうか・・・ミキ、お前、抱いてやれ、体温が、お前の方が高い。」
 タケシはミキを促した。ロウを見て泣きそうになっていたミキは、タケシの言葉に、すぐロウを抱いた。ミキがロウの胸に耳を当てて、タケシに言った。
「まだ生きてる!」
 その言葉に条件反射するように、タケシはミキの手からロウを抱え上げ、ミキに手伝わせてロウを自分の背中に背負うと、川原から駆け上がり、あの扉へ向かって進み出した。
 ちらりと見えた川の流れは、確かに止まっていた。



 重い身体を引きずるような気持ちで歩みを進めていた。寒さに震え始めた様子のミキを気遣いながら、ロウを背負い、扉を目指した。
「ミキ。」タケシは体力が消耗することを覚悟で、言葉を発した。
 ミキに言わなければならない事がある。
 ロウの背中をさすりながら並んで歩いていたミキが、タケシに答えた。
「ん?」ミキもタケシに伝えたい気持ちがあった。
「おれはロウを助けたい。」目を閉じて、思い切るように言った。
「うん。」
「ロウが柴田と重なるんだ。どうしても死なせたくない。」
「うん。」
「心が、子供のままなんだ。きちんと大人になりきれてない。愛情を、与えてやってくれないか。ロウにそれをしてやれるのは、お前しかいないんじゃないかと思う。」
 そう言ったタケシに、ミキはロウの背中をさすりながら静かに言った。
「私、今朝からおかしかった。頭がクラクラしたり、気分が悪かったりして、普通じゃなかった。今日の、今までのこと考えたら、私は帰るべき時が来ているんじゃないかと思ったりしてたの。まだ迷ってるけど・・・。」
 最後は涙声になり、震えながら、
「私も、この人を助けたい。」そう言ってすすり泣いた。
「お前、かぐや姫だったのかもな。」
 タケシは優しく言うと、息を深く吸い込み、気力を持ち直した。
 諦めない、諦めないぞ、死なせてたまるか、誰も、こんなかたちで死んじゃいけないんだ・・・死んだら、おしまいだ。
 タケシの強い思いが、重い足を一歩づつ前へ押し出していた。強い意志が、血走った目を開かせ、前方を見据えさせていた。体力は限界を超えていたが、タケシは倒れなかった。
(最後まで、やり遂げてやる。)
 そう言い聞かせ、自分を信じた。



 最後の角を曲がると、老人が三人を見つけ、走り寄って来た。心配そうにロウに触れ、タケシを気遣った。
「手伝おう・・・。」
 老人が言い掛けると、それを遮るように、タケシが絞り出すような声で言った。
「あと少しだ、爺さん、俺に、最後まで俺にやらせてくれ。」
 そう言いながら進み、言い終えた時、店の前に着いた。四人は中へと入り、老人が用意していた調整室へロウを運び込んだ。温風が身体中にまとわりつき、タケシは耐え難い不快さに襲われた。
 ベッドは三台用意されていた。ロウをその中央に降ろすと、ミキがその隣のベッドに倒れ込んだ。表情は和らぎ、気持ち良さそうに溜息をついている。タケシはそれを見て安心し、ロウの幼さの残る寝顔を見ながら傍らへ立つ老人へ聞いた。
「ロウは大丈夫なのか?」
「此処まで来れば、もう大丈夫です。しばらくの間、こうしていれば、だんだんと回復するでしょう。」
 タケシは小さく頷きながら、調整室を出た。そして店のソファめがけて、後ろに倒れるように腰を下ろした。すぐに老人も出てきて、タケシの前に立ち、遠慮がちに言った。
「有難う、本当に、有難う。全て、あなたのお陰です。」
 タケシが見上げると、老人は深々と頭を下げていた。
「やめてくれ、爺さん。」それだけしか、言えなかった。頭に両手をあてて、深く息を吐き出し、目を閉じた。
「あなたにも、私達の星へ来て頂けたら、と思うのですが・・・。」
 老人の声は、聴き取りにくい程小さかった。きっとこの老人は、俺を今回のことに巻き込んだ事について後ろめたい気持ちがあるのだろう。ひどく遠慮がちに喋る老人を、少し気の毒に思い、タケシは目を閉じたまま、小さく笑った。そうか、あの三つのベッド、一つは俺の為か。調整室で体温を調整されて、異星で暮らすのか。ロウと、ミキと一緒に・・・そういう道もあるのか・・・しかし、それは出来ない。
 その時もう既にタケシの気持ちの中では、ミキと別れる決心はついていた。ミキはもう、地球の人間ではない。地球では暮らせない身体になってしまっている。今の様子から見ても、ミキを地球での元の生活に連れ帰ったら、長くは生きられないだろう。そしてミキは、なによりもロウにとって必要な存在だ。確かに、老人の言う通り、ロウの欠けた部分を補えるのはミキしかいない。彼の幼い精神を包み込んでやれるのは、ミキしかいない。タケシは、今日此処へ三度目に来た時・・・あの真っ白い空間にミキがロウと共に消えて行った時から、それを予感していた。そして、この店の外で、夕方であるとはいえ、真夏の暑さの中で凍えそうになっていた二人を見ながら、生きる世界の違いをはっきりと感じ取っていたのだ。じっと目を閉じたまま、何も答えないタケシに、いつの間にかそこに立っていたミキが話しかけた。
「タケシ、一緒に来て。」
 ミキの姿を見上げ、その言葉の意味を悟った時、タケシの目から涙がこぼれた。ミキは、『一緒に来てくれるなら行く。』とは言わなかった。『私は行く。タケシも、一緒に来て。』そう言ったのだ。そうか、お前はやっぱり行ってしまうんだな、あの暑い星へ帰ろうと決めたんだな、自分の居場所があの星へあると分かったんだな・・・。涙を拭いながら、タケシは立ち上がった。ミキの赤い瞳を真っ直ぐに見ながら、
「俺は行かない。」堂々とそう言った。
 タケシの胸に、ミキは顔を埋めて何も言わずにしばらくそうしていた。ミキもタケシとの別れを感じていたのだろう、それ以上無理強いはしなかった。涙でぐしょぐしょに濡れた顔をタケシの胸から離すと、下を向いて二、三歩後ろへ下がった。そのまま泣いているミキに、タケシはいつものように微笑んで言った。
「じゃ、帰るわ。」
 そして、ミキと老人を残して店の外へと出て行った。


   つづく (次回、最終話です。)
by kazuko9244 | 2012-05-25 19:11 | フィクション

キャンディ(ウェスティ)・ミルキー(ヨーキー)・とーさん・私の毎日の一部分♪


by kazuko9244