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キャンディはワンコである

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『時間外のルベウス』 28(最終話)



 まだ人々は止まったまま、時間も止まったまま、タケシを迎えた。タケシも、今日何度もこの状態の中を走り抜けていたので、何となく慣れてしまっていた。老人が一人でタケシを見送りに店の外へ出て来ていた。
「ああ、そうだ・・・。」
 タケシが何か思い出したように振り向き、老人に少し小さめの声で問いかけた。
「ミキが戻らなかったら、変に思う人がいるんじゃないかな、両親とか、友達とか、いろいろ・・・。」
 老人は、軽く目配せをしながら答えた。
「彼女に関する記憶は、全て消します。これからは誰も彼女の事は知らないし、物も残りません。」
「何でも思うように出来るんだな。」
「それ程ではありませんよ。」
 タケシは老人に微笑むと、老人もそれに答えた。最初にミキと二人で指輪を選んで、この店を出た時に向けられた計算された笑顔とはまるで違う、心を許した笑顔のように見えた。
「ロウと、ミキを頼むよ。」
「ロウ?ミキさんだけでなく?」
「ん・・・なんかあいつ、助けてやりたかったんだ、損得なしで、心から。」
 そう言いながら、照れ笑いを浮かべたタケシに、老人は心配そうな顔で言った。
「そのピアス、もう外せますよ。辛いようでしたら、記憶と共に預かりますが・・・?」
 ああ、このピアスに、時間外を過ごした俺の記憶が詰まっているのか。そうか、と言ってタケシはピアスに手をやった。外そうとしてキャッチャーを取りかけたが、思い留まった。
「いや、貰っとく。」
「記憶が、辛くはないですか?」
 その言葉に、目頭が熱くなり、鼻の奥がツン、とした。涙腺が緩んだが、それらをかき消すように、大きく息を吸い込んだ。
「自然に失くす迄、持ってます。」
 タケシのその眼差しは、潔く光っていた。
「あなたは、強い人だ。」
 老人が感心するように言うと、
「俺みたいな奴、ごまんといますよ。」
 そう言って、タケシはほっとしたように笑い、頭を一つ下げて振り向き、バイクにキーを差し、押しながら歩き出した。
 今日一日の出来事がタケシの頭の中にフィードバックしていた。ミキの誕生日、あの宝石店、指輪、ピアス、止まった時間、藤村の言葉、調整室、ミキを連れ出し、逃げるように戻った部屋、ミキとロウの赤い瞳、赤い空、このバイクにミキを乗せ、パニック状態の町の中、宝石店へ再び向かった。白い空間、ルビーの塔、自らの手で諦め、飛び出して行ったロウ、水の音、凍えるロウ、彼を背負い、急いだ道・・・ミキとの別れ・・・。
 時が止まっていた分、あまりに早く過ぎて行った出来事。
 もうミキは自分の側には居ない。
 この思いは、どれくらいの間自分の心の中に居続けるのだろう。どれくらいの時が経てば、薄れて行くのだろう。薄れていって欲しかった。けれど、忘れたくはない。
(どんな扉でも開けられる)
(どんな場所へも行ける)
 目を閉じて、その言葉を胸に刻んだ。



 急に街のざわめきがタケシの身体を刺激した。全身を電流が走ったように感じた。時が流れ始めたのだ。そう思い、タケシは宝石店の存在の有無を確かめようとして振り向いた。さっきまでそこにあった店は既に無く、建設用地としての幕が張られていた。
 タケシが周囲を見回すと、さっきまで真っ赤だった空が、急に元に戻ったことを不思議に思って空を見上げている人々が目に入った。それぞれが口々に安堵の声を上げている。
 自分たちの知らない時間に、何が起きているのか知らない人々。
 果たしてこの地球の中で、どれくらいの人が地球の病に気が付いているのだろうか、タケシは目を伏せながら、車道へとバイクを押した。



「あ、お帰り。」
 タケシが部屋に戻ると、藤村が元気な声で迎えた。そうだ、藤村だ、こいつが居たんだ。あの時、テレビの画面にロウが映ったのを見て、気を失ったのをそのままほったらかしにしていたのをタケシはたった今思い出した。玄関に立ったまま、じっと藤村を見つめた。
「俺、さっき起きたんだけどよ、すげー夢見ちゃってよ、面白かったから、すぐ原稿書くから、後で見てくれよなっ!」そう言ってパソコンのキーを叩く。
 すげー夢・・・?どんなのだ?まさか、さっきまでの・・・?藤村が何の事を言っているのか気になったタケシは、ゆっくりと藤村に近付き、恐る恐る言ってみた。
「時間が、止まるとか?」
「はぁ?何だ?時間が?」
 はっきり聞こえなかったと言う藤村に、
「いや、いい。」違うらしいとタケシは安心した。
 そしてその時ふと思い出し、藤村の首元を見て、聞いた。
「お前、首に何か着けてなかったっけ?」
 パソコンから目を離さずに、藤村はまた聞き返してきた。
「首に?俺はそんなガラじゃない。」キーを叩く両手には、勢いがついていた。
「そうだよ、そうだよな。」
 少し声がうわずるようになってしまったのに気付いたのか、藤村が手を止めて、タケシを見た。
「なんだ?タケシ、気持ちわりーぞ。」
 タケシは首を横に振りながら大きく咳払いをして、
「暑いのに、エアコンくらい点けてろよ。」リモコンを取り上げた。
「いや、一応、人の家だから、電気代とか気になってさ。」
「だったら、それも使うな。」藤村からパソコンを取り上げようとすると、
「ああぁぁぁ、やめてくれぇ、まだ読まないでくれぇ!」大袈裟に慌てる藤村に、
「読まねぇよ、どうせまたホラーだろ。」興味ねえよ、と言ってみせると、
「バレた?」
 タケシはほっとしていた。藤村のおどけた顔を見て笑った振りをしながら、心の中では老人に拍手を贈っていた。
(爺さん、やるじゃねえか。)
 左耳のピアスが光った。

 日が暮れた群青の空に、一番星が煌めいていた。



     終わり
by kazuko9244 | 2012-05-26 12:20 | フィクション

キャンディ(ウェスティ)・ミルキー(ヨーキー)・とーさん・私の毎日の一部分♪


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