キャンディはワンコである

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カテゴリ:フィクション( 29 )



 まだ人々は止まったまま、時間も止まったまま、タケシを迎えた。タケシも、今日何度もこの状態の中を走り抜けていたので、何となく慣れてしまっていた。老人が一人でタケシを見送りに店の外へ出て来ていた。
「ああ、そうだ・・・。」
 タケシが何か思い出したように振り向き、老人に少し小さめの声で問いかけた。
「ミキが戻らなかったら、変に思う人がいるんじゃないかな、両親とか、友達とか、いろいろ・・・。」
 老人は、軽く目配せをしながら答えた。
「彼女に関する記憶は、全て消します。これからは誰も彼女の事は知らないし、物も残りません。」
「何でも思うように出来るんだな。」
「それ程ではありませんよ。」
 タケシは老人に微笑むと、老人もそれに答えた。最初にミキと二人で指輪を選んで、この店を出た時に向けられた計算された笑顔とはまるで違う、心を許した笑顔のように見えた。
「ロウと、ミキを頼むよ。」
「ロウ?ミキさんだけでなく?」
「ん・・・なんかあいつ、助けてやりたかったんだ、損得なしで、心から。」
 そう言いながら、照れ笑いを浮かべたタケシに、老人は心配そうな顔で言った。
「そのピアス、もう外せますよ。辛いようでしたら、記憶と共に預かりますが・・・?」
 ああ、このピアスに、時間外を過ごした俺の記憶が詰まっているのか。そうか、と言ってタケシはピアスに手をやった。外そうとしてキャッチャーを取りかけたが、思い留まった。
「いや、貰っとく。」
「記憶が、辛くはないですか?」
 その言葉に、目頭が熱くなり、鼻の奥がツン、とした。涙腺が緩んだが、それらをかき消すように、大きく息を吸い込んだ。
「自然に失くす迄、持ってます。」
 タケシのその眼差しは、潔く光っていた。
「あなたは、強い人だ。」
 老人が感心するように言うと、
「俺みたいな奴、ごまんといますよ。」
 そう言って、タケシはほっとしたように笑い、頭を一つ下げて振り向き、バイクにキーを差し、押しながら歩き出した。
 今日一日の出来事がタケシの頭の中にフィードバックしていた。ミキの誕生日、あの宝石店、指輪、ピアス、止まった時間、藤村の言葉、調整室、ミキを連れ出し、逃げるように戻った部屋、ミキとロウの赤い瞳、赤い空、このバイクにミキを乗せ、パニック状態の町の中、宝石店へ再び向かった。白い空間、ルビーの塔、自らの手で諦め、飛び出して行ったロウ、水の音、凍えるロウ、彼を背負い、急いだ道・・・ミキとの別れ・・・。
 時が止まっていた分、あまりに早く過ぎて行った出来事。
 もうミキは自分の側には居ない。
 この思いは、どれくらいの間自分の心の中に居続けるのだろう。どれくらいの時が経てば、薄れて行くのだろう。薄れていって欲しかった。けれど、忘れたくはない。
(どんな扉でも開けられる)
(どんな場所へも行ける)
 目を閉じて、その言葉を胸に刻んだ。



 急に街のざわめきがタケシの身体を刺激した。全身を電流が走ったように感じた。時が流れ始めたのだ。そう思い、タケシは宝石店の存在の有無を確かめようとして振り向いた。さっきまでそこにあった店は既に無く、建設用地としての幕が張られていた。
 タケシが周囲を見回すと、さっきまで真っ赤だった空が、急に元に戻ったことを不思議に思って空を見上げている人々が目に入った。それぞれが口々に安堵の声を上げている。
 自分たちの知らない時間に、何が起きているのか知らない人々。
 果たしてこの地球の中で、どれくらいの人が地球の病に気が付いているのだろうか、タケシは目を伏せながら、車道へとバイクを押した。



「あ、お帰り。」
 タケシが部屋に戻ると、藤村が元気な声で迎えた。そうだ、藤村だ、こいつが居たんだ。あの時、テレビの画面にロウが映ったのを見て、気を失ったのをそのままほったらかしにしていたのをタケシはたった今思い出した。玄関に立ったまま、じっと藤村を見つめた。
「俺、さっき起きたんだけどよ、すげー夢見ちゃってよ、面白かったから、すぐ原稿書くから、後で見てくれよなっ!」そう言ってパソコンのキーを叩く。
 すげー夢・・・?どんなのだ?まさか、さっきまでの・・・?藤村が何の事を言っているのか気になったタケシは、ゆっくりと藤村に近付き、恐る恐る言ってみた。
「時間が、止まるとか?」
「はぁ?何だ?時間が?」
 はっきり聞こえなかったと言う藤村に、
「いや、いい。」違うらしいとタケシは安心した。
 そしてその時ふと思い出し、藤村の首元を見て、聞いた。
「お前、首に何か着けてなかったっけ?」
 パソコンから目を離さずに、藤村はまた聞き返してきた。
「首に?俺はそんなガラじゃない。」キーを叩く両手には、勢いがついていた。
「そうだよ、そうだよな。」
 少し声がうわずるようになってしまったのに気付いたのか、藤村が手を止めて、タケシを見た。
「なんだ?タケシ、気持ちわりーぞ。」
 タケシは首を横に振りながら大きく咳払いをして、
「暑いのに、エアコンくらい点けてろよ。」リモコンを取り上げた。
「いや、一応、人の家だから、電気代とか気になってさ。」
「だったら、それも使うな。」藤村からパソコンを取り上げようとすると、
「ああぁぁぁ、やめてくれぇ、まだ読まないでくれぇ!」大袈裟に慌てる藤村に、
「読まねぇよ、どうせまたホラーだろ。」興味ねえよ、と言ってみせると、
「バレた?」
 タケシはほっとしていた。藤村のおどけた顔を見て笑った振りをしながら、心の中では老人に拍手を贈っていた。
(爺さん、やるじゃねえか。)
 左耳のピアスが光った。

 日が暮れた群青の空に、一番星が煌めいていた。



     終わり
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by kazuko9244 | 2012-05-26 12:20 | フィクション


 二人が居た場所から川原はすぐ近くだった。しかし、川原へ下りても、その川原のどこら辺にロウが居るのかは分からない。タケシとミキは、二手に分かれて探す事にした。走り分かれる時、タケシが振り向いて、
「ミキ、お前、大丈夫か?」
「大丈夫!」
 声だけは元気だったが、かなり疲れているように見える。それに、寒そうに身体を揺らしている様子から、彼女も気力だけで頑張っているのだということが見て取れた。心配そうにミキを見ながらも、ロウを探すべくまた走り出した。
 それからは、あまり長くはかからなかった。タケシが見まわしながら、ロウに呼びかけながら、ほんの数十メートルくらい進んだところで、
「タケシーー!!」ミキの声が遠くで小さく聞こえたような気がした。立ち止まり、耳を澄ますと、
「タケシーー!」もう一度聴こえた。確かに、ミキが呼んでいる。タケシは戻った。今まで来たところを全速力で走り戻り、ミキの姿を目で捕え、その、ほんのすぐ側に倒れている人物をロウだと認めた。
 ロウは両腕で自分を抱き締め、横向きに身体を丸めるようにして倒れていた。顔色は血の気が失せて白く、唇は紫色になっている。今にもそのまま凍りついてしまうのではないかと思うくらい、儚げに見えた。
「震えは通り越したんだろうか・・・ミキ、お前、抱いてやれ、体温が、お前の方が高い。」
 タケシはミキを促した。ロウを見て泣きそうになっていたミキは、タケシの言葉に、すぐロウを抱いた。ミキがロウの胸に耳を当てて、タケシに言った。
「まだ生きてる!」
 その言葉に条件反射するように、タケシはミキの手からロウを抱え上げ、ミキに手伝わせてロウを自分の背中に背負うと、川原から駆け上がり、あの扉へ向かって進み出した。
 ちらりと見えた川の流れは、確かに止まっていた。



 重い身体を引きずるような気持ちで歩みを進めていた。寒さに震え始めた様子のミキを気遣いながら、ロウを背負い、扉を目指した。
「ミキ。」タケシは体力が消耗することを覚悟で、言葉を発した。
 ミキに言わなければならない事がある。
 ロウの背中をさすりながら並んで歩いていたミキが、タケシに答えた。
「ん?」ミキもタケシに伝えたい気持ちがあった。
「おれはロウを助けたい。」目を閉じて、思い切るように言った。
「うん。」
「ロウが柴田と重なるんだ。どうしても死なせたくない。」
「うん。」
「心が、子供のままなんだ。きちんと大人になりきれてない。愛情を、与えてやってくれないか。ロウにそれをしてやれるのは、お前しかいないんじゃないかと思う。」
 そう言ったタケシに、ミキはロウの背中をさすりながら静かに言った。
「私、今朝からおかしかった。頭がクラクラしたり、気分が悪かったりして、普通じゃなかった。今日の、今までのこと考えたら、私は帰るべき時が来ているんじゃないかと思ったりしてたの。まだ迷ってるけど・・・。」
 最後は涙声になり、震えながら、
「私も、この人を助けたい。」そう言ってすすり泣いた。
「お前、かぐや姫だったのかもな。」
 タケシは優しく言うと、息を深く吸い込み、気力を持ち直した。
 諦めない、諦めないぞ、死なせてたまるか、誰も、こんなかたちで死んじゃいけないんだ・・・死んだら、おしまいだ。
 タケシの強い思いが、重い足を一歩づつ前へ押し出していた。強い意志が、血走った目を開かせ、前方を見据えさせていた。体力は限界を超えていたが、タケシは倒れなかった。
(最後まで、やり遂げてやる。)
 そう言い聞かせ、自分を信じた。



 最後の角を曲がると、老人が三人を見つけ、走り寄って来た。心配そうにロウに触れ、タケシを気遣った。
「手伝おう・・・。」
 老人が言い掛けると、それを遮るように、タケシが絞り出すような声で言った。
「あと少しだ、爺さん、俺に、最後まで俺にやらせてくれ。」
 そう言いながら進み、言い終えた時、店の前に着いた。四人は中へと入り、老人が用意していた調整室へロウを運び込んだ。温風が身体中にまとわりつき、タケシは耐え難い不快さに襲われた。
 ベッドは三台用意されていた。ロウをその中央に降ろすと、ミキがその隣のベッドに倒れ込んだ。表情は和らぎ、気持ち良さそうに溜息をついている。タケシはそれを見て安心し、ロウの幼さの残る寝顔を見ながら傍らへ立つ老人へ聞いた。
「ロウは大丈夫なのか?」
「此処まで来れば、もう大丈夫です。しばらくの間、こうしていれば、だんだんと回復するでしょう。」
 タケシは小さく頷きながら、調整室を出た。そして店のソファめがけて、後ろに倒れるように腰を下ろした。すぐに老人も出てきて、タケシの前に立ち、遠慮がちに言った。
「有難う、本当に、有難う。全て、あなたのお陰です。」
 タケシが見上げると、老人は深々と頭を下げていた。
「やめてくれ、爺さん。」それだけしか、言えなかった。頭に両手をあてて、深く息を吐き出し、目を閉じた。
「あなたにも、私達の星へ来て頂けたら、と思うのですが・・・。」
 老人の声は、聴き取りにくい程小さかった。きっとこの老人は、俺を今回のことに巻き込んだ事について後ろめたい気持ちがあるのだろう。ひどく遠慮がちに喋る老人を、少し気の毒に思い、タケシは目を閉じたまま、小さく笑った。そうか、あの三つのベッド、一つは俺の為か。調整室で体温を調整されて、異星で暮らすのか。ロウと、ミキと一緒に・・・そういう道もあるのか・・・しかし、それは出来ない。
 その時もう既にタケシの気持ちの中では、ミキと別れる決心はついていた。ミキはもう、地球の人間ではない。地球では暮らせない身体になってしまっている。今の様子から見ても、ミキを地球での元の生活に連れ帰ったら、長くは生きられないだろう。そしてミキは、なによりもロウにとって必要な存在だ。確かに、老人の言う通り、ロウの欠けた部分を補えるのはミキしかいない。彼の幼い精神を包み込んでやれるのは、ミキしかいない。タケシは、今日此処へ三度目に来た時・・・あの真っ白い空間にミキがロウと共に消えて行った時から、それを予感していた。そして、この店の外で、夕方であるとはいえ、真夏の暑さの中で凍えそうになっていた二人を見ながら、生きる世界の違いをはっきりと感じ取っていたのだ。じっと目を閉じたまま、何も答えないタケシに、いつの間にかそこに立っていたミキが話しかけた。
「タケシ、一緒に来て。」
 ミキの姿を見上げ、その言葉の意味を悟った時、タケシの目から涙がこぼれた。ミキは、『一緒に来てくれるなら行く。』とは言わなかった。『私は行く。タケシも、一緒に来て。』そう言ったのだ。そうか、お前はやっぱり行ってしまうんだな、あの暑い星へ帰ろうと決めたんだな、自分の居場所があの星へあると分かったんだな・・・。涙を拭いながら、タケシは立ち上がった。ミキの赤い瞳を真っ直ぐに見ながら、
「俺は行かない。」堂々とそう言った。
 タケシの胸に、ミキは顔を埋めて何も言わずにしばらくそうしていた。ミキもタケシとの別れを感じていたのだろう、それ以上無理強いはしなかった。涙でぐしょぐしょに濡れた顔をタケシの胸から離すと、下を向いて二、三歩後ろへ下がった。そのまま泣いているミキに、タケシはいつものように微笑んで言った。
「じゃ、帰るわ。」
 そして、ミキと老人を残して店の外へと出て行った。


   つづく (次回、最終話です。)
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by kazuko9244 | 2012-05-25 19:11 | フィクション

 タケシは、思ったよりも足の速いロウを、店を出た時に一瞬空を見上げたことにより見失ってしまっていた。右を見ても、左を見ても、ロウの姿を見つけられなかった。ロウが店を走り出て行った時、左に曲がったような気がした事を頼りに、タケシも左へと走っていた。しかし、ロウの走り行く姿はどこまで走り続けても見つけることが出来なかった。
「くそっ、何処へ・・・」
 息を切らしながら立ち止まり、周囲を見まわすタケシは、柴田の最後の顔と重なって見えたロウを何としてでも見つけて、一刻も早くあの世界へ帰してやりたいというその思いだけが頭にあった。
「ロウ!」
 呼んでみた。答えなどある訳はないが、そうせずには居られなかったのだ。すると、その声を聞いてかどうかは分からないが、ミキが遠くからタケシを呼んだ。
「タケシ!」走り寄って来るミキは、顔色があまり良くなかった。
「お前、寒いんじゃないのか?帰れ!」
「嫌!まだ大丈夫!」
 タケシはミキを睨みつけたが、ミキはびくともしない。
「見失ったんだ、畜生、あいつ走るの速いぜ・・・何処行ったんだよ、凍え死ぬぜ、速く見つけないと・・・。」
 歪んだ表情を浮かべて飛び降りた柴田が何度も頭をよぎる。タケシはまたあてもなく走り出していた。気持ばかりが焦り、足の向くべき方向が分からない。何処へ行けば良いんだ、誰か教えてくれ、そう心で叫んだ。その途端にタケシは立ち止まった。
「・・・音がする・・・。」
 音も、何もかも全てが静止している筈の今、何処からかタケシの耳に音が届いた。目をきょろきょろとさせて、その音が何の音であるのか、聴き取ろうとする。
「水・・・?」
 タケシにはその音が水が流れる音のように聴こえた。ミキも首を傾げ、水?と復唱した。
「お前、聴こえないか?水が流れる音・・・。」
「ううん、聴こえない。」ミキが首を横に振る。
「俺だけか?俺には聴こえるんだよ、水の・・・」
 タケシは左手で左耳を良く聴こえるように立ててみた。すると音が大きくなったような気がした。
「え?嘘だろ・・・」
「何?」
 信じられない、といった表情のタケシを見て、ミキが問いかける。タケシはずっと左手を左耳に当てたまま、首をひねっている。左手が、耳の後ろから耳たぶへと移り、ピアスを触り始めた。触ったり、放したりしている。ルビーを触ったり、放したり・・・ルビーの部分を、塞いだり、放したり・・・タケシの目がミキの方を見た。その目には確信があった。
「ルビーから、音がする。」
「ルビー?」ミキが急いでタケシの耳に自分の耳を近付けてみた。
「ホントだ。微かに・・・水の音がする!」
「お前のは?」
 ああ、そうか、私のルビーは・・・ミキは自分の指輪のルビーにも耳を当ててみた。嘘みたいだ、宝石から音が聴こえるなんて・・・。
「き、聴こえるよ、ほら!」
 タケシの右耳に指輪を当てた。タケシが頷いた。
「何の意味が?」
「何か、知らせたいんじゃないかな、この石が、私達に・・・。」
「水の音・・・これは・・・一定の流れ・・・海じゃないな・・・。」
「じゃ、川?川がどうかしたのかな?」
 今、この状況・・・ルビーが自分達に知らせたい事・・・。
「・・・ロウの居場所?」
「そうなのかも!」
「行ってみる価値あるな。」
「ええっと、川は・・・どっちだっけ?」
 タケシは辺りを見て、現在地を素早く把握して、
「近いぞ、こっちだ!」
 また走り出した。


   つづく
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by kazuko9244 | 2012-05-23 20:14 | フィクション

タケシは扉を力いっぱい押し開け、白い空間へ飛び込んでいた。さっきのように足が動かなくなることはなかった。眩しくて目が開けられなかった白い空間も、その向こうにある赤くそびえ立つ大きなルビーの塔も、この目で捕える事が出来ていた。
(どんな場所へも行ける)
 その言葉を胸に、タケシは叫んだ。
「ミキ!」
 ミキの耳にその声は届いた。ハッと気付き、広げていた両手の掌をぐっと握り締めた。
「嫌よ、こんな方法、私には出来ない。」
 ロウの目を真っ直ぐに見ながら、ミキは訴えた。
「私のこの手で人を消滅させる事なんて、出来ない!嫌よ!こんなこと、やめて!」
 ミキの瞳の奥が赤く燃え上がっていた。そして涙が溢れ出した。
「私には出来ない!お父さんやお母さん、友達、皆を殺すことなんて出来ない!」
 ミキがロウに掴みかかった。泣きながらロウに哀願した、こんなことやめて、と。ロウは何も言わず、目を大きく見開き、ミキを見ていた。悲しがるミキを見ていた。泣き叫ぶミキを見ていた。苦しむミキを見ていた。足元に崩れるミキを見ていた。その目は、だんだんと鋭さを失い、強さも薄れていった。
 ロウの心の中で、どんな気持ちの移り変わりがあったのだろう。山に降り積もり、氷になった雪が春の日差しに溶け、透き通った清流となり、大河へと広がって行くように、ミキに向けられた表情には柔らかさがあった。
 タケシは少し離れた場所から二人を見ていた。そしてロウのその表情を見て呼びかけた。
「ロウ!あんただって、本当はこんなことしたくなんかないんだろ?ずっと使命を背中に背負って、辛かったんじゃないのか?」
 ロウがゆっくりとタケシの方を向いた。表情は一瞬で変化し、その顔は、今にも泣きそうで、頼りなく歪んでいた。タケシは、ロウが何か自分に言いかけているように見えた。しかし、よく見るとその目はタケシを見てはいなかった。タケシよりももっと遠くを、ぼんやりと見ていた。しばらくの間、そうしていたかと思うと、突然ロウはルビーの塔に向き直り、ぐっと握り締めた右手を、左下から右上へと斜めに一気に振り上げた。
 ロウの指輪に付いたルビーが、ルビーの塔を引っ掻き、耳を突き抜けるような大きな音が響いた。そのままロウはそのルビーの塔を見上げると、がっくりと肩を落とした。
 ミキはへたり込んだまま、ロウとルビーの塔を交互に見ていた。ロウの表情が歪み、その目から大粒の涙が頬を伝って落ちた。ロウが泣いている、そこには、今まで見て来た、あの冷たい表情を向けるロウの代わりに、まるで手から離れて飛んでいった風船を見上げる子供のような悲しそうな表情を浮かべるロウが居た。
 タケシの脳裏に、柴田の最後の表情が浮かんで消えた。ロウと柴田が重なって見えて、全身鳥肌が立った。
 塔の変化は三人の目の前で起こった。ルビー特有の、ピジョン・ブラッド『鳩の血色』と称される美しい赤色が、その赤みをだんだんと失っていったのだ。それはロウが傷を付けた部分から始まり、次第に上へと広がっていった。熱い思いを凝縮させたような赤色が、透明に近付いていく。その様子を三人はずっと見ていた。上へ上へと向かって赤色を失っていく石の塔。
 何年もかけて造り上げた、ロウの魂のこもった最後の赤色が頂点に達した一瞬、尖った先端は白く激しい光を放った。そして、その光は静かに消えていった。三人は、呆然と透明な石の塔を見上げていた。
 タケシには、あの赤い石は力尽きてしまったように見えた。最後の光りは、ロウソクが燃え尽きる時に一瞬炎が大きく燃え上がる様子を想像させた。と、いうことは、ロウの方法は失敗し、人類は救われたということなのだろうか、もしもそうならば、ロウは今、どんな気持ちで力尽きた石の塔を見上げているのだろう、自らの手で自ら造り上げたものを壊した時の、その思いは・・・。
 ロウの両手は固く握り締められ、小刻みに震えていた。タケシがロウの方へ一歩踏み出した時、突然ロウが振り向き、こっちへ向かって全速力で走り出して来た。唇を噛み、目を固く瞑って首を横に振りながらタケシの横を駆け抜けて行った。扉を開け、店内を抜け、外へと飛び出して行く。タケシはロウの後を追った。ミキもタケシに続いた。扉の向こうの店の中では、老人がおろおろと立ち上がり、タケシに向かって叫んでいた。
「ロウを助けてやってくれ!あいつは死ぬ気だ!」
 その声にミキは驚いて立ち止まったが、タケシは店から飛び出して行った。老人がすがるような目をしてミキに言った。
「助けてやってくれ、頼む。」
 ミキは小さく頷いて、店から走り出て行った。



 店の外は全てが静止したままだった。ミキとタケシがロウに呼ばれて此処へ来た時、ロウが赤い空を元の夕暮れ前の、青さを残した空へと戻し、恐れおののく人々を静めて静止させた、あの状態のままだった。
 このまま、皆死んでいたかもしれなかったなんて・・・。ミキは胸が詰まった。身体は寒さを感じたが、飛び出して行った二人の姿を探して走り出した。



   つづく
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by kazuko9244 | 2012-05-22 22:19 | フィクション


 じっとロウの口元を見つめていたミキに、ロウの赤い瞳が輝きを増した。
「そんな奴らを、地球の為に退治しようとしているのです。あなたが私と心を合わせて、気持ちを込めて掌をこの石に当てれば、全て旨くいくのです。そして、今度は二人で共に力を合わせて、地球を回復させ、他の沢山の病んだ星達も、私達の力で治療していくのです。この瞬間をどれだけ待っていたことか。しかし、失敗は許されません。チャンスは一度きりです。あなたが決心するまで待つのが一番良いのだけど、邪魔が入ったりして、この薬の効く時間が残り少なくなってきています。過ぎれば、効果はなくなってしまう。もう時間は迫っているのです。だからあなたを急いで見つけ、連れて来ました。協力して下さい。」
「どうして、私なの?」
「あなたは私のパートナーとして生まれたのです。これは定められたもので、誰にも、どうすることも出来ない。あなたは生まれて間もなく、何者かの手によって此処から連れ出され、地球で育った。私達が生まれる以前から、この研究は進められていたのだが、その研究はあなたが居なくなったせいで途中、宙ぶらりんな状態になった。時は容赦なく経ち、残り時間は少なくなる。だから、あなたが帰り次第、すぐに実行出来るように私が用意したのです。」
 ロウの笑顔をミキは初めて見た。しかし、ミキはその笑顔を、笑顔と呼んで良いものかどうか迷った。何故なら、ミキには今のロウの笑顔がとても歪んで見えたからだ。この人の笑顔は歪んでいる。この人の心もまた、歪んでいるのかもしれない。ミキは目を閉じた。しかし、私も多分、帰りたかったのだ。今まで気が付かなかったけれど、幼い頃から、きっと、ずっと、帰りたかった・・・。




「ミキを育ててくれた、愛を与え、教えてくれた人達を、消してしまってもいいのか?俺達人間を滅ぼすなんて、ミキがそんなことに応じる筈がない。」
「そうです。そんなことがあってはならない。だからこそ、私はあなたに協力してもらいたいのです。」
「協力?」
「あなたなら、今のあの二人を止められるのです。あなたにしか出来ない。彼女の愛するあなたにしか、彼女を目覚めさせる事が出来ない。今、彼女はロウの言葉によって翻弄されつつあります。このままでは、彼女は造られた意志によって両掌を実行に移してしまう。二人を止めて下さい。そしてこの治療法を白紙に戻して下さい。地球を救うには、他にも方法がある筈です。タイムリミット迄後少しです。彼女がためらえば、それだけでリミットを超えるでしょう。さあ、早く。」
「どうすれば?さっき俺は中に入れなかった。」
「あなたの強い意志があれば、大丈夫です。人類を救おうという、あなたの意志が、どんな場所へもあなたを行かせるでしょう。」
 そういえば、ミキを調整室から連れ出す時も、老人は言った。
(どんな扉でも開けられる)
 その言葉に背中を押され、ミキを助け出したのだった。
(どんな場所へも行ける)
 その言葉が、また自分の背中を押してくれるのなら・・・



「さあ、両手を広げて・・・私と一緒に、掌を・・・」
 ミキの心は快く従ってはいなかったが、まるで催眠術にでもかけられているかのようにロウの言葉通りに両掌を広げていた。そして、ルビーの塔に当てようとしたまさにその時、
「ミキ!」
 叫び声が聞こえた。


   つづく
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by kazuko9244 | 2012-05-21 18:05 | フィクション
「凄い・・・これ・・・。」
 ミキが赤い塔を見上げながら呟いた。
「ルビーです。あなたの指輪に付いている石と同じものです。病んだ地球を治すには、あなたが、あなたの意志で、その両方の掌をこの石に当てれば良いのです。そうすれば、全てが実行されるように設定してあります。」
「そうしたら・・・?」
「あの先端から発信された指令で、地球へ向けて、薬が放たれ、地球に生息する全ての人間が一瞬で消滅します。そうすれば地球は序々に回復していけるでしょう。人間は、地球にとって病を起こす根源です。奴らのせいで、地球はここまで弱った。あの星は、蝕まれている。必要のない悪の源は、消してしまうのが妥当でしょう。」
「そんなこと、無理よ、出来ないわ。それに、聞いたこともない。」ミキが静かに反発した。
「聞いたことがなければ、認めないのですか?見たことがなければ、全てあり得ないと?あなたが二十年間、見てきたり、聞いて来たことは、あの地球の、それも限られた地域の中でだけのことです。あの星に住む奴らは、自分たちだけで作り上げた見解で勝手に判断しているようだが、奴らの知らない事はまだまだ山ほどある。実際、私達や私達の居るこの場所など、未だ発見されていない。自分達の知識や、そのレベル内で考えられることが全てだと信じている。なんと愚かな、滑稽な姿だ。私から見れば、幼稚な子供の遊びくらいにしか見えない。」
 得意げに話すロウ。



「完全に馬鹿にしてるな。でも、そうなのかもしれない。今、俺がこうして見たり、聞いたり、体験したことはきっと、誰に言っても信じやしないだろうな・・・。」
 スクリーンから視線を逸らさずに言うタケシ。
「ロウは完璧なドクターなのか?」
「優秀です。しかし、完璧ではない。彼に足りないものは、思いやりと愛情です。しかし、それも彼のせいではなく、今まで生きて来た中で、それらを心に育てる環境がなかった。誰も教えてやる者もいなかった。彼は勉強の虫だったからね。パートナーであるミキさんも、彼と一緒なら同じようにしか育つことが出来なかっただろう。私は、そんな例を幾度となく見て来た。そんな者の研究は、成功した試しなどなかった。私が研究を進めていた時は、地球の治療は難しい問題で、あれやこれやと観察を重ねているうちに、私のパートナーは力尽きてしまった。私一人ではどうにもならない。だから私は、次の若い医者に託そうと決めて、受け継いで行く者を創り出した。」
「あなたが、創った?」
「私の意志です。私達は、自分の意志で研究員を創りだすことが出来るのです。地球を治療することよりも簡単です。私はロウを初めに創り上げました。成長していくうち、彼に欠けているものがあることに気付き、それを補おうと彼女を創りました。そして彼女を地球へ放した。そうすることで、地球を肌で感じ、育つうちに地球上の状態を頭に植え付ける事が出来る。研究に必要なことです。思いやる心や、愛情もそうです。彼女を育ててくれた人達が彼女に愛を与え、美しい心を持たせて下さった。」
「何故あなたが愛を教えなかったんだ?必要な気持ちを、あなたが教えてやらなかったんだ?」強く抗議をするタケシに、
「私には出来なかった。自信がなかった。ロウを創った当時、私はパートナーの死に打ちひしがれていて、ロウに研究を託すことで精一杯だったのです。私の心が立ち直り、ロウに再会した頃には、彼はもう手に負える状態ではなかった。ただただ優秀な、研究の鬼になっていた。傷付く事も、泣く事も知らないままに。」
 老人は頭を抱え込んだ。
「あんた、親みたいなもんじゃないのか?無責任なこと言ってんじゃねえよ。」責め続けるタケシに、
「強くなれない者だっている!私は、肝心な時に強くなれなかった。」
 そう言って、膝に両手をついて涙を落とした。


      つづく
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by kazuko9244 | 2012-05-20 16:36 | フィクション
 急がなければ、このままでは目も当てられない程大変なことになる・・・その思いが、ミキとタケシを前へ前へと突き動かしていた。タケシの400ccのバイクにまたがり、パニックに陥った町を突き抜けて行く。目指すはあの宝石店だ。
 赤い空から高温が降り注ぎ、人々は苦しみだしていた。建物の陰に隠れたり、家の中へ入ろうと駈け出したり、その場に座りこんで空を見上げて怯える人・・・。
(かなりヤバい・・・)タケシは出せるだけのスピードを出して、突っ切るように進んだ。
 宝石店の前まで来ると、騒然としている隣近所の人々と共に、老人が真っ赤な空を見上げていた。タケシとミキが近付いて行くと、それに気付いた老人が驚いて跳んで来た。
「なにをしているのです?こんなところで。」
「ドクター・ロウに呼ばれて・・・。」タケシが老人に言うと、老人は唇を噛み締め、手を額へ当てて目を閉じた。そしてすぐに目を開けると、
「やはりそうですか。これはドクターの仕業でしたか。そのルビーで探し当てたのでしょう。やはり、そうでしたか・・・。」
 老人は悔しさを体中で表現した。良く見ると、小刻みに震えている。
「中へ入ります。」タケシが言うと、下を向いたまま老人はドアを開け、二人を店の中へ入れた。足元を向いている顔には、タケシとミキによって、ロウを変えられるかもしれないという祈りを込めた表情が浮かんでいた。
 店の中へ入ると、すぐ正面にロウが立っていた。勝ち誇った笑みが、タケシのふらついた頭を刺激した。ミキが一歩前へ出て、ロウに向かって少々きつい口調で言った。
「あれを今すぐやめて。」
 その瞳は鈍く光っている。ロウを非難していることが彼に伝わった。
「あなたが戻れば、どうということはない。」
 ロウは指輪の赤い石に口を寄せ、一言呟き、外の騒ぎを静めた。赤く染まっていた空は、もとの夕方のうす暗くなりかけの空の色へと戻った。そして人々は・・・静止していた。
「人が止まってるぞ。」このままでは脱水症状になりそうなくらい汗を流しながら、タケシがロウに言うと、
「良いのです。スタンバイですよ。こうしておけば、彼等は気が付かないうちに消滅することが出来る。私の彼等に対するほんの少しの気遣いです。」
「消滅?消滅って何が?誰が?」
 ミキがロウに詰め寄る。ロウの表情が一瞬和らいだのをタケシは見た。
「その説明はこちらで。」
 ロウはミキを促した。そしてミキはタケシを支えながらロウの後に続いた。
 消滅・・・彼等・・・スタンバイ・・・地球の病・・・治療・・・繋げれば、何となく意味を捕えることが出来る。けれど二人は、お互いにそれを口に出せずにいた。頭をもたげてくる不信感、それに伴う不安や見たくない光景が、口に出すことによって確実になることが心から恐ろしかったのだ。
 ロウが開けた扉は、ほんのちょっと前にタケシが乱暴に開けた扉ではあったが、向こう側はガラリと変わっていた。
 壁のない広々とした真っ白な空間が広がっていた。白さが反射して、まるで光りに襲われたようにタケシは目を瞑ってしまった。用心深く、薄く目を開けて見ると、ロウの背中が空間の中へと進んで行く。それに続いて、ミキの背中も見えた。背筋を伸ばし、吸い込まれるように前進して行く。タケシは目が慣れるのを待ってから後に続こうと、しばらくそのままそこに居たが、目が慣れる気配は一向にない。このままでは二人を見失ってしまう、と一歩踏み出そうとしたが、足が動かない。身体は重く、靴の底は床に貼り付き、足は靴に締め付けられているようだ。タケシが何度も何度も踏み出そうとしても、出来ない。膝さえも曲がらない。硬直したように身動きが取れないでいるタケシの肩を叩く者がいた。耳元で声がする。
「あなたはこちらへ来られた方が良い。」
 老人の声だった。その手が扉へと伸び、ゆっくりと閉じた。真っ白い空間と、タケシが扉によって遮断された途端、身体は自由になった。まるで眠りから覚めた時のように両目を擦り、大きく瞬きをすると、正常な視覚が戻って来た。そして、ついさっきまで暑さでぐったりとしていた身体も、何の異常も感じない状態に戻っていた。
「どうなってるんだ・・・。」タケシが不思議そうに自分の身体を見下ろしていると、
「あなたの身体があちらへ行くことを拒否したのでしょう。無理もありません。あなたはまだ、完全には程遠い。さあ、こちらへどうぞ。」そう言いながら老人はタケシを店の方へ連れて行き、ソファへ座らせ、自分もその横へ腰を下ろした。
 今日、此処へ来たのは何度目だろう、とタケシは思った。一度目はミキと、二度目は藤村と、そして三度目は再びミキと此処へ来た。その間の状況と気持ちの変化はすさまじいものだった。タケシは疲れを感じていた。しかし、此処でこのソファにゆったりと背中を預けようという気持ちも起こらなかった。自分に背を向けて、ロウとあの異空間へ消えて行ったミキが、とても遠い存在に感じられ、身体はへとへとに疲れていても、気持ちは落ち着かず、悪い予感だけが胸に渦巻いているようだった。
 老人が首元から鎖を辿り、その先についた赤い石のトップを取り出した。そしてその赤い石を口に近付け、何か呟いた。その呟きは、静まり返った店内に思いのほか大きく響き、タケシが老人の方へ向こうとした時、ソファから三メートル位先に、天井から大きな透明の板が降りて来た。じっとそれを見つめているタケシに、老人が言った。
「あなたの気になっていること、あの二人が今どうしているか、このスクリーンに映ります。」
 タケシはその声に、老人の方を向き、いぶかしげに顔を覗き込んだ。すると老人は、小さく、ゆっくりと頷きながら言った。
「あれが、ドクター・ロウの研究の成果です。」
 タケシはスクリーンを見た。大きく、高くそびえ立つ赤い尖った塔のような物が映し出されている。その太い根元の方に、ロウとミキの姿があった。映像は、全体像から二人へと近付いて行く。
 ロウの隣にミキが居る。二人とも、その赤い塔のような物の根元に向かって立っている。二人と赤い塔を比べると、その塔がとても大きなものだということが分かる。手を繋いで囲めば、大人が十五人位は必要なくらいの太い根元だ。それが上へ行く程細くなり、先端は尖っていて、赤く鋭い光を反射していた。


   つづく
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by kazuko9244 | 2012-05-19 18:12 | フィクション
 「彼女を返してくれないか、今すぐに。」
 その声は、スピーカーから部屋中に低く響いた。驚きが逆に頭の血を逆流させたかのように再びタケシを正気に戻した。俺に言っているのか?ミキを返せと。
「どうしてここが・・・?」
「ルビーが3つ集まれば、すぐにわかる。」
「だめだ。返さない。」今度はタケシの落ち着いた声が響いた。
「彼女はお前とは違う世界で生きる人だ。彼女には使命がある。私と共に地球を救い、研究を進め、他の病んでいる星も治療していくという、無限に広がる輝かしい未来がある。その芽をお前は摘み取るのか?」
「だめだ、返さない。」
「分からないのか。」
「分からねえよ。」
「ならば、仕方ない。彼女の為に、そちらの温度を上げなければならなくなる。」
 ロウはそう言ったかと思うと、右手の大きな赤い石に小さく何か呟いた。
 しばし静寂が流れた。雑音が空気に吸い込まれていくように消えた。ロウが冷笑を浮かべてタケシを見ている。こいつ、何をする気だ?いったいどんな力を俺に見せようとしている?タケシは全身の力を込めて睨みつけた。
 その静寂を壊したのは、フラッシュのような青白い光だった。瞬きをしているうちに見逃してしまうかもしれなかった。タケシは窓の外のそれを見た。その青白い光が地上の全てを照らすかのように大きく、空から降って来たのを。
 何だ?ベランダへ飛び出すと、近所の犬が吠えた。それを皮切りに、遥か遠方から複数の激しい犬の鳴き声が聞こえてきた。その声はどんどん近付いて来る。まるで波のように、こちらに向かって来るようだ。そしてもう一度辺りがパッと明るくなったかと思うと、眩しい程真っ白になった空が、だんだんとピンク色を帯びてきて、その色は急速に濃くなっていった。犬の異常に気が付いた住民が家から出てきては空を見上げ、大声や悲鳴を上げる。異常から危険へ、驚きから恐怖へと、誰もが気持ちを変化させて行く。
「温度を上げるって、まさか・・・。」
 タケシの胸は、とてつもなく嫌な予感に騒ぎ、その予感が現実のものになってしまった場合の、その後の状況を想像していた。ベランダから急いで部屋のテレビの前へと戻り、画面に映ったロウに向かって叫んだ。
「やめろ!焼け野原になる!」
 ロウは再び指の赤い石へ向けて何か呟いた。窓の外の赤さと騒ぎが一層増したようだ。タケシは窓の方を見ながら、この先、起こりうるであろう状態をまた想像した。
「やめろ!やめてくれよ!」画面と外を交互に見ながら叫び続ける。
「タケシ・・・?」名前を呼ばれて振り向くと、ミキがベッドの上で起きあがっていた。
「どうしたの?」
 ミキはベッドから降りて、タケシの方へ来ようとしたが、外の騒ぎに気が付き、ベランダへと出た。犬という犬が吠えまくっている。人々が空を指さして恐れに強張った表情を浮かべ、それぞれ何か口走っていた。ミキはただならない事態を認め、恐る恐る視線を上へ上げていった。
 空一面が赤一色だった。まるで血のような赤色が視界いっぱいに広がっていた。
 夕焼けとは明らかに違う、鮮血をぶちまけたような空。泣きだす子供、頭を抱える人々、吠え続ける犬。ミキはこれが自分のせいなのかもしれないということを直感していた。さっき程は寒いと感じなくなった身体。それだけで充分理由になる。肩をがっくりと落とし、ベランダから部屋に戻ると、タケシがこっちを見ていた。体中汗びっしょりだ。髪まで風呂上がりのように濡れている。
「タケシ・・・。」ミキがタケシに歩み寄り、抱きついた。
「大丈夫?」抱きついたままでミキが言うと、
「熱い・・・。」タケシは小さく言った。はっと気付いたミキが、タケシから離れた。
「ごめん、私の体、熱いね・・・。」
 二人の立場はさっきまでと逆転していた。ミキは普通の体調に近付き、タケシは遠のきつつあった。熱さに頭はふらついていた。このままだと、自分を支えることすら難しくなる。そんなタケシを、ミキの赤い瞳が気遣っている。そしてその瞳は、テレビの画面へ映るロウへと向けられた。ロウの赤い瞳と、ミキの赤い瞳が合った。二人はしばらくそのままお互いの瞳の奥を探るように見つめ合っていた。そしてミキは心を決めた。このままでは地上の全てが熱にやられてしまう。それを防ぐにはどうすれば良いのか・・・ミキはロウの顔を見て言った。
「私、行きます。」
 その言葉を聞いたタケシは、ミキの腕をよろけながら掴んだ。
「行くな。冗談じゃない。」
「でも、行かないと皆がやられてしまう・・・タケシだって・・・。」
「行ったらおしまいだぞ。」
「私のせいで皆が苦しんじゃいけない。」
「ミキ!」
「ごめんね、タケシ。」
「だったらミキ、指輪外せ、その指輪がなければ、あっちへは行けないんだろ、外せ!」
 タケシはミキの指から指輪を外そうとした。しかし、引っ張っても、回してみても、指から指輪は外れない。それでも何とかしようと力いっぱい引っ張ってみた。
「無駄だ。一度すると外れない。ピアスだって同じだ。」
 ロウの声に、タケシは自分の耳たぶのピアスも外そうと試みたが、彼の言う通りキャッチャーがどうしても外れない。一度すると外れない・・・畜生、何てことだ。
「だったら、俺も行く。」
 ミキが驚いてタケシを見た。そんなの無理よ。そんなに弱ってるのに・・・行く先は今よりももっと温度の高い所・・・死んでしまうよ・・・ミキが首を横に振りながら泣きだした。その手を引いて、タケシはミキと共に部屋を出た。


   つづく
 
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by kazuko9244 | 2012-05-18 20:40 | フィクション


「お前、目が!」
 すがるようなミキの瞳が、うっすらと赤みがかっていた。タケシが驚き、その驚きが頂点に達し、戻り、驚きを静めようとするその短時間のうちに、ミキの瞳はだんだんと赤く染まり、見たこともないような赤い瞳へと変化した。
「タケシ、ヤバイぞ・・・。」
 藤村がタケシの右腕を掴んだ.
「何が。」奥歯を強く噛み締めるタケシ。ミキから目を離さない。
「ヤバイぞぉ・・・。」藤村の声が震えていた。
「何がヤバイんだよ!」呼吸は激しく、顔は紅潮し、目は怒り、叫びながら藤村の手を振り払うタケシに、
「この目は・・・。」弱々しく藤村が口を開くと、
「言うな!」タケシが遮った。
「お願いだ、言わないでくれ!聞きたくない!」
 タケシがミキの頭を抱き、頬を擦り寄せた。熱い。
「言わないでくれ・・・。」ミキの震えが移ったかのように、タケシもミキと共に震えていた。
「俺のせいだ・・・。」
 藤村は二人を見て、いたたまれなくなり、弱気な言葉を口走った。考えてみれば、今回の事の発端であるあの宝石店へ行くように二人に薦めた自分を責め始めた。
「俺があんなこと言わなけりゃ、こんなことには・・・。」
「お前のせいじゃない。」
「俺が、あんなとこへ行けなんて言わなけりゃ・・・。」
「お前のせいじゃない!」タケシが叫ぶ。
「お前は言われた通りにやっただけだろ、お前はそうするしかなかったんだろ、それが指令だったんだろ、お前のせいじゃない!」
「俺は・・・俺は・・・なんてことを・・・。」
 一度思いこむとそう簡単にその思いから抜け出すことが出来ない、そんな真面目な藤村だからこそ、忠実に、ドクター・ロウや老人の指示を受け入れ、実行してきたのだ。その純粋さが、苦しむミキとタケシを見ることで傷付いていた。
「やめろ!」
 タケシの激しく怒った目から、次々と涙の粒が落ちている。ミキを抱いたまま、わなないている。
「誰のせいでもない!頼むから、しっかりしてくれ、しっかりしてくれよ!」
 わあああああ・・・泣き叫ぶ藤村。頭を抱えて、へたり込んでしまった。この状態が続くと、次には放心状態になり、自分を見失ってしまう、タケシの心の中で、一年前の親友の死が甦った。目の前でマンションの屋上から飛び降りた、あの親友の死が・・・タケシは、震えるミキを抱きながら、藤村をどう落ち着かせたら良いのか、ミキをどうしてやれば良いのか、考えようとした。しかし、考えが浮かぶ程の余裕など毛頭なかった。ただ悲しくて、腹立だしくて、困り果てていた。
 急に藤村の泣き声が止んだ。急に、ピタッと止んだのだ。タケシは藤村の変化に気付き、彼へ目を向けた。藤村の視線は部屋のテレビに釘付けられていた。四つん這いになって何も映っていないテレビの画面へ近付いて行く。何も映っていない画面へ。何も映っていない筈の画面へ。何も映っていない筈の・・・画面に・・・顔を近付けて行く藤村・・・。藤村の顔が鏡に映るように画面に映っている。近付くごとに藤村の顔は大きく映って行く。画面の丁度中央へ顔が大きく映った時、映った藤村の顔が、ぐにゃぐにゃに曲がり始め、渦を巻いた。もはやそれは、藤村の顔ではなかった。渦の中央に小さく点が浮かび、その渦が中心から外へと円を描きながら消えていったかと思うと、画面が赤く光り、小さかった点が次第に大きくなっていき、人の顔を形どり始めた。揺らめきながら形作られたそれを見て、
「うわあ、うわあ!」藤村が画面の前から跳びのいた。その目は恐怖におののき、尻もちをついて、腰を抜かしていた。タケシがミキから離れて、藤村を後ろから支えた。
「ドクター・ロウ!」その一言を叫び、藤村は気を失った。
 画面にはドクター・ロウの胸から上が映っていた。白い服を着た、色の白い金髪の・・・彫りの深い顔面・・・その瞳は、じっとタケシを見つめていた。見つめているのは・・・赤い瞳・・・。タケシは赤い瞳を見た瞬間、全身に鳥肌が立った。頭の頂点にまで上り詰めるそれを感じた。それでもその瞳から目が離せなかった。吸い寄せられそうな深い深い赤。その下にある唇が動いた。
「彼女を返してくれないか、今すぐに。」


   つづく
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by kazuko9244 | 2012-05-16 20:57 | フィクション

「どういうことですか、これは。」
 ロウの冷たく鋭い目が老人に向けられていた。
「あなたは何をしたのです?」
 宝石店はしんと静まり返っている。ロウの、怒りを押し殺したような声が響いた。
「裏切り、ですか?」視線が一層強みを増した。
「彼女は何処です?」
 老人はロウの目を見ながらゆっくりと首を横に振った。
「知らない、と?」
 老人とロウの間にただならない空気が漂っていた。二人は強く睨み合い、お互いの瞳の奥の燃えたぎっているものを認めていた。
 ロウの強い思い・・・それは、ミキを掌握し、自分と共に地球の治療をさせる、という目的を知っていながら邪魔をしたこの老人への怒り。
 老人の強い思い・・・それは・・・。
「あなたが私に敵意を持っていたとは、知らなかった。」
「敵意など、持ったことはありませんよ、あなたに対して。」
「では何故、邪魔をした?」
「あなたが優秀なことは認めます。しかし、あなたが考え出した地球の治療方法に賛成する事は出来ない。」
「私の方法の何が気に入らないのだ?あれ程確実なことはないし、きっと地球も望んでいる筈だ。」
「それはどうでしょう?星の気持ちなど分からないでしょう。」
「しかし、実際に今、地球は弱って苦しんでいる。あのままでは、いつまで持つか分からない。そんなに長くは生きられない筈だ。」
 老人は目を閉じてうーん、と唸りながらため息をついた。
「しかし、あの方法は、酷すぎる。」
「どこが酷いと?一瞬ですよ、奴らにしてみれば、気が付かないうちに死んでしまえるんですよ。それのどこが酷いのです?幸せなくらいだ。私はその一瞬の為に随分と時を費やして来たのです。彼女を探して、探しながら準備をして・・・この治療は、私の全てと言っても良い。一発勝負だ。失敗は許されない。邪魔をしないでくれ!」
 ロウの口調は次第に激しくなり、瞳の色が、赤みを増していく。その視線は、老人を捕えて離さない。
「彼女を完全にして、彼女と私にしか出来ないあの方法を実行する。そして地球を蝕んでいるあの人間たち全てを、私の開発した薬によって消滅させるのだ。人間さえいなくなれば、あの星はまた甦ることが出来る。」
「・・・そしてあなたは、あのミキという娘とともに生きて行く。彼女を大切に思いながら。」
 一瞬、ロウの表情に戸惑いの気持ちがよぎったようだった。
「大切に・・・?」いぶかしげな表情・・・。
「そうです。愛しながら。」
 老人の優しい目がロウの心を捕まえた。
「愛など、私には必要ない!」
 逃げようとするロウの気持ちを老人の言葉が掴み、引き戻す。
「今のあなたに必要なのは、誰かを愛するというあたたかな気持ちなのではないかな?」
 ロウの目が怒った。老人が今まで見た中では、ロウのこのような表情は初めてだった。
 見たこともないような赤い赤い瞳。
「私に誰かを愛するなど、必要ないことだ。私が此処にこうして居るということは、地球を救うという目的の為だけにある。私は地球を救う為だけに生まれ、成長してきた。パートナーさえ戻ってくれれば、それだけで良い。先ずは奴らを・・・地球を食い尽くす人間共を消滅させ、それからまた治療を続け、地球を元の美しい青色に戻してやる。それが目的だ、使命だ。私は愛などにうつつをぬかしている暇などない!」
「では、地球のことは愛していないのですか?」
「実験材料だ。」
 平静を装い、冷たく言い放ちはしたが、ロウの態度に老人は手応えを感じた。
(確かに、彼女への愛が生まれている。)
「そうですか。」
(結論が出るのは近い。)
 ロウは立ち上がり、奥の扉の向こうへ消えて行った。
 老人は人知れず微笑していた。ロウの怒った顔、戸惑いの表情。本当の事を言われると生じる怒りという感情。ロウは確かに怒っていた。事実を老人に言い当てられたから。ロウは確かに苛立っていた。老人に心の中を見透かされたような気がしたからだろう。彼の心は、彼女に会い、触れ、言葉を交わし、思っていたよりも思い通りに事が運ばないという壁にぶち当たっている筈だ。そして彼にとって最大のミスは、コントロール出来ない感情が胸の中に生まれゆくことを、止めることが出来ないという事に、まだ気が付いていないということだ。彼の胸の中でその感情が大きくなればなる程自分の方法に疑問を持ち始めるだろう。愛情と思いやり、それが彼の冷たい心を溶かし、あの冷酷な治療計画を実行することを思い留まらせることが出来る筈だ、と老人は計算していた。
(後は、あの二人の力次第だな。)
 あの二人が一緒なら、ロウの心を溶かすことが出来ると、老人は信じていた。


    つづく
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by kazuko9244 | 2012-05-15 20:42 | フィクション

キャンディ(ウェスティ)・ミルキー(ヨーキー)・とーさん・私の毎日の一部分♪


by kazuko9244