キャンディはワンコである

kazuko9244.exblog.jp
ブログトップ



 店の中は茶色い木を基調としたアンティーク風の落ち着いた雰囲気で、広さとしては七坪位だ。そんなに広くはないが、品物は所狭しと並んでいた。ショーケースは一点の曇りもなく磨かれ、手を置いて指紋などをつけてしまうとひどく悪いような気がする程だ。ミキ達の他には客は居なかった。ドアに反応したチャイムが鳴ると、奥の方から初老の男性が出て来た。赤いシャツとジーンズといういでたちだ。中肉中背で日本人離れした顔は鼻から下が白い髭で覆われていて、小柄なサンタクロースを想像させた。眼差しはとにかく優しげで、その目を見た瞬間に二人は安心感を覚えていた。老人も二人を見て、目を細めて
「いらっしゃい。」としわがれた声で言い、歓迎した。

「藤村君から聞いて来たんですけど。」
「ええ、聞いていますよ、丁度今電話があったところです。どうぞ、ご覧になって下さいな、お目に留まるものがあれば、出して差し上げますよ。」
 タケシは頷き、ミキを促した。
「訳わかんないよ、どうしたの?」
 ミキは面喰っていた。いきなり宝石店に連れて来られたかと思うと、 藤村君から聞いた、などと老人と二人だけに通じるような会話をされ、こんなに沢山の品物の中から何か選べ、と言われるなんて、これも今までになかったような事だ。驚いた表情で老人とタケシを交互に見ていると、
「ははは、どうやら少し時間がかかりそうですね。」老人は笑って、そっと奥へ消えた。
「マジで、赤い石ばっかだなぁ。」
 何気ないタケシの言葉に、ミキはショーケースの中を覗いた。確かに赤い石を使ったジュエリーばかりが並んでいる。
「全て、ルビーですよ。」老人がアイスティーを二つ盆に乗せて再び出て来た。店の隅に置かれたテーブルと、三人は楽に座れるソファの方へゆっくりと向かい、グラスをテーブルへ置いた。
「まあ、一杯飲んで落ち着きなさい。さ、おあがりなさい。」有難うございます、と二人はソファへ腰をおろした。一口冷たい紅茶を口にすると、タケシがミキの方へ向いて言った。
「何びっくりしてんの?今日、お前の二十歳の誕生日だろ、ちょっと特別だろ、だから今日、そこらへん詳しそうな藤村に相談したらここへ行ってみろって言われてさ。俺、藤村に笑われたよ、『お前、自分の演出もできねえのかよ。』って。出来ねえんじゃなくって、知らないってだけなのによ。ま、これで一つ勉強になったけどな。」照れくさそうに、楽しそうに笑っている。
 藤村というのは、タケシの仲間の内の一人で、タケシとは同い年の、いつもおどけた感じでミキを笑わせてくれる楽しい友人だ。タケシと藤村の付き合いは約二年ほどで、あまり長くはないが、何でも話せる友達だといつもタケシが言っていた。
「七月の誕生石はルビーですからね、身に着けているときっと、あなたに幸運をもたらす筈ですよ。」
 老人の言葉にタケシは振り返り、周囲を見回しながら質問した。
「どうしてここは、ルビーばかり売られてるんですか?」
「私は昔から、赤色が好きでね、特に美しい物に興味があり、これに行きついたのですよ。ルビーは最高だ。情熱や勇気をもたらすと言われています。ルビーの赤は、『不滅の炎』なのですよ。語源は、ラテン後で『ルベウス』。赤という意味です。いろいろな赤色がありますが、ルビーで最高とされるのは、ピジョン・ブラッドという、透明な『鳩の血色』の石です。本当に美しい。私がここでルビーだけを売るのは、単純な理由からです。ただただひたすらに、ルビーが好きなだけなのです。これ以外の宝石は、興味がわいて来ないのですよ。」
 はぁ、こんな人もいるんだな、こんな宝石店もあるのだな、とミキは思った。この世に様々な人がいるように、宝石店の中にも、ちょっと変わった宝石店があっても良いな、と納得した。自分の誕生石だけを専門に扱う店があり、その石をこよなく愛する店主がいるということが、ミキにとってとても喜ぶべきことに思われた。そして、事の成り行きを理解したら胸がいっぱいになるのを感じた。喜びの香りの入ったスプレーをシュッと吹いたように、心の中が喜びで満たされていくようだ。ミキは夢の中にいるようだった。それからは落ち着いて選ぶことが出来るようになり、タケシと一緒にゆっくりとショーケースの中のジュエリーを見てまわった。

「何がいい?首がいい?指がいい?」
「ちょっと、首とか指とか言って、もう。ペンダント、指輪、ってちゃんと言ってよ。」
「どっち?」
タケシがミキをせかす。
「指輪、がいいかな。」
 ペンダントだと鏡で見ないと自分の首元など見えない。その点、指輪ならいつもいつでも眺めることが出来る。その思いが、指輪が良い、と決めさせたのだ。
 それから約一時間後、老人を交えて選びに選んで、十八金のリングの上に0.5カラットのルビーと、その周りに小さなメレダイヤがルビーを引き立てるように飾られた美しい指輪がミキの右手の薬指にはめられた。
 付き合って二年、タケシが贈った初めてのプレゼントは、少し高価だったがこれが最も良く似合うということを確信した、納得して買うことのできたものだった。二人は、良い品を薦めてくれた老人に感謝の言葉を述べ、老人もまた、楽しい時間を過ごさせてくれたさわやかで美しい二人にお礼を言い、見送った。

 ミキは喜びに満ち溢れていた。喜色満面、すれ違う誰が見てもわかるくらいに全身で喜びを表現していた。
「有難う。信じられない、タケシからプレゼントなんて。だって初めてだもん。」
 実はというと、今年の誕生日も諦めていたのだ。付き合い始めた頃、やはりこの時期に、
「ごめん、金ないから。」の一言で片づけられてしまい、ミキは驚いたものだ。何て人なのだろうと思いはしたが、不思議と腹立だしい気持ちは沸いてこなかった。この人は、誕生日やクリスマスというイベントものはあまり興味がない人なのだろう、そういう人なのだろう、と一瞬にして認めることが出来たのだ。やはり、少し寂しかったことは確かだったが。しかしタケシの方は、いつも何かある度にミキの様子を窺っていた。言葉は悪いが、試していたと言っても良い。そんな自分に文句も言わずについて来てくれるミキの存在が自分の中で確かなものに変わりゆくことを感じながら。
 特別な二十歳の誕生日。
 タケシは、毎月密かに貯めていた金をこの日、ミキの為に使いたかった。精一杯の優しさと、感謝の気持ちと、おめでとうという意味を込めて。
「そんな、初めて初めてって言うなよ。気のきかない男だって言ってるようなもんじゃねーか。」パンチをする真似をしながら言う。照れ臭いのだ。この照れ臭さが苦手でプレゼントが出来なかったということもある。確かに、二十二歳の夢を追うフリーターの身ではしょっちゅう何か贈ることなんて、到底出来はしなかったのだけれど。
「嬉しい。一生大切にする。肌身離さない。」
 何で女ってのはこう大袈裟なんだろう、ま、いいけど。タケシは歩き続けた真っ青な空から照りつける陽光は、暑くてたまらない筈だったが、心の底から湧きあがって来る優しくゆったりとした気持ちがタケシを包んでいるせいか、不快さは微塵も感じられなかった。
 二人は何処から見ても幸せな恋人同士だった。行く手を阻むものなど影も形も見えない、このままずっと、ずっと二人の時間が続いていくように思われた。

  
   つづく
[PR]
# by kazuko9244 | 2012-04-29 09:31 | フィクション


 日曜日の昼時とあって、食事をしようにもどの店も満員だった。
「腹減ったな、クソ暑いし。」
「私、そんなにお腹空いてないよ、朝遅かったから。」
「そっか、じゃ、アイスでつないで時間ずらしていいか?」
「うん。」
 二人はアイスクリーム屋に入り、ダブルを2つ注文した。丁度空いていたテーブルへ着き、アイスをなめる。ミキは一心に食べているタケシを見て、
「よっぽどお腹空いてるのね。」と呆れたように笑った。口の周りに付いたアイスを拭いもせずに、タケシはあっという間にコーンをかじっている。
「朝から何も食ってないんだ。」
「ふーん。」笑うミキの手元を見て、
「それ、食わねーの?」とタケシが狙う。
「そんな、ダブル2個も一気に食べちゃうと、お腹冷えるよ。」
「食うの?食わねーの?どっち?」タケシのくるりとした瞳が頂戴、と言っている。
「あげる。」ミキの手からアイス貰うと、タケシは嬉しそうに、これもまたあっという間に平らげた。
「よし、行くぞ。」椅子から立ち上がり、タケシはスタスタと店から出て行く。ミキはちょっと待ってよ、とタケシを追いかけた。アーケードをどんどん進んで行く。

 何か今日のタケシはいつもと違っていた。どこか動作に落ち着きがない。表情も、何か言いたげで、それをこらえているようにも見える。早足で進むタケシを追いかけながら、ミキはその後ろ姿から何か感じ取ろうとしたが、見当がつかない。演出家志望の仲間との話で、何か気に障る事でもあったのだろうか、でも、そんな時にはタケシはすぐに話してくれた。あいつは間違ってる、あいつは何も解っちゃいないんだ。などと罵ったり、今日は良い話が聞けた、自分も少し考え方やものの見方を変える必要があるかもしれない、などと前向きな気持ちを話したりした。しかし今日はそんな感じではない。なんとなくそわそわしているようにも見える。タケシがそわそわするのは、舞台演出のアイデアが浮かんで、それを頭の中で組み立て、ミキに語って聞かせる直前が多かった。そんな時にはその心の状態をすぐに感じ取ることができ、「次はどんなの?」と声をかけると、まるでその言葉を待っていたかのように嬉しそうに喋り出す。話し出すと、最後まで止まらず、辺り構わず身振り手振りで説明をする。だからミキは、落ち着いて話を聞くことの出来る、公園などに着いてから言葉を掛けるようにしていた。タケシが瞳をキラキラさせながら夢を語る姿を見るのがとても好きだからだ。しかし、今日はいくら考えてもそんな感じではない。
「どうしたの?何か変よ。」
 とうとうしびれを切らして声を掛けた。タケシは一瞬振り向き、ニヤリと笑って見せた。このニヤリも初めてだ。付き合って二年、タケシのニヤリは何度も見て来たが、今のはちょっと違う気がした。首をかしげながら早足で歩いていたら、突然立ち止ったタケシにぶつかってしまった。
「あ、ゴメン。」慌てて体制を立て直すと、
「ここだ。」棒立ちのまま店の看板を見上げながらタケシが呟いた。ミキは訳も分からないままタケシの目線を追って看板を見上げると、そこにはヨーロッパの看板ばかりを集めた写真集に出ているような、銅製の影絵のような看板が柱から垂直に固定されていた。その看板が表現しているものは、大きな宝石のついた指輪だった。従って、この店は宝石店という事になる。タケシは、ミキを宝石店に連れて来たのである。
「何か買ってやる。」
 そう言ってミキの手を引っ張ると、タケシは躊躇せずに店のドアを開け、堂々と中に入った。


  つづく
[PR]
# by kazuko9244 | 2012-04-28 09:27 | フィクション

「時間外のルベウス」①

    『時間外のルベウス』


 7月。 その日曜日は朝から晴れ渡っていた。 気温もぐんぐん上がり、 この夏一番の暑さです と気象予報士がニュースのお天気コーナーで一声を発するのが予想出来るような猛暑だった。
ミキは、その日の昼、タケシとの待ち合わせの為に市街地の買い物通りに来ていた。タケシは午前中、演出家を目指す仲間との会合で街の中心部へ出てきていたので、ミキとのデートは午後から、飯でも食べてぶらぶらしようという意図があったのだろう、待ち合わせによく使われるデパートの正面玄関を指定していた。

 ミキは約束の時間の10分前にはそこに着いていた。
小さい頃から暑さには強く、人が汗だくになるような暑さでも、いつも涼しげな顔をしていた。額に汗がにじんで光るなどということは一切なかった。
 正面玄関に入ると、暑さから避難するように他の待ち合わせ客で一杯だった。周囲の人々の手には、一人残らずハンカチが握られ、持ち主の汗を吸い取っている。ミキは、夏にハンカチで汗を拭くという事さえも経験がなかった。自分でも気になって病院へ行って診てもらったりもしたが、別にこれといって異常はなく、単に暑さに強いのだろうということだった。他の若い女の子達が肩の出たノースリーブのシャツなどを着ている中で、ミキは冷房を肌寒く感じていた。外で待っていようかとも思ったが、今朝からあまり体調が良くなく、軽いめまいがしたりしていたこともあって、健康体でも目が眩むような日差しの明るさは避けたかったので、外へ出ることはせずにいた。

 その年は梅雨が非常に短く、雨が降らなくなってから約一週間後に梅雨明けが宣言され、 え?もう終わっちゃってたの? と、多くの市民が気がつかなかったような梅雨明けだった。夏の訪れは早く、日焼けをした人が多く見られた。ミキの周辺にも、もう既に海や山のようなアウトドアで楽しんだのだろうと思われる健康的に日焼けした若い女性が何人もいた。そんな中で、ミキは逆に目立っていた。
 切れ長の涼しげな目と高すぎない筋の通った鼻、形の良い口や生まれつき色素の薄い肌や髪の色は、女性なら誰もが羨ましがったし、170センチの長身とスリムな体型が、ミキの美しさをより一層際立たせていた。着ている服もシンプルで、程よく可愛らしい半袖ブラウスと短すぎないスカートをセンス良く着こなしている。ミキの存在に気付いた人は、誰もが思わずミキの頭の先から足の先まで、悪気のない視線を走らせていく。注目を浴びながら、ミキはタケシを待っていた。

 待ち合わせの時間を5分過ぎた。タケシはまだ現れない。ミキは時計を見ながらフッと笑みを漏らした。まただ。タケシはいつも時間より遅れる。それを知りながらも、自分は遅れないようにと早めに家を出、こうしてタケシを待つ。今日は何分遅れるかな、どんな顔して来るのかな、などと想像していつしか楽しむようになっていた。

 もうそろそろやって来る頃ね、と思ったミキは、足先の方向を変え、売り場の柱の陰に隠れた。今日はちょっと驚かせてやろうと、そこから正面玄関を見守る。すると案の定タケシが姿を現した。背が高くて細身。ボロボロのジーンズにTシャツ。肩まである髪は一つに束ねられ、キョロキョロしながらミキを探している。中年のおばさん連中が思わず眉をひそめてしまうようないでたちだが、反対に若い女の子達はタケシのことを溜息混じりに見つめていた。母親似であろうその端正な顔立ちと、鍛えられた細い筋肉が彼女達には眩しくもあるのだろう。タケシが時計を覗き、首が右から左に回った時、ミキはタケシの後ろに駆け寄り、背中へ人差し指を突き立て、耳元で囁いた。

「動くな。武器を捨てて、手を頭の後ろで組・・・・・・」
タケシは後ろ手にミキの頭をとらえ、くしゃくしゃっと撫でながら振り返り、笑った。


つづく
[PR]
# by kazuko9244 | 2012-04-27 14:03 | フィクション

キャンディ(ウェスティ)・ミルキー(ヨーキー)・とーさん・私の毎日の一部分♪


by kazuko9244