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キャンディはワンコである

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「時間外のルベウス」①

    『時間外のルベウス』


 7月。 その日曜日は朝から晴れ渡っていた。 気温もぐんぐん上がり、 この夏一番の暑さです と気象予報士がニュースのお天気コーナーで一声を発するのが予想出来るような猛暑だった。
ミキは、その日の昼、タケシとの待ち合わせの為に市街地の買い物通りに来ていた。タケシは午前中、演出家を目指す仲間との会合で街の中心部へ出てきていたので、ミキとのデートは午後から、飯でも食べてぶらぶらしようという意図があったのだろう、待ち合わせによく使われるデパートの正面玄関を指定していた。

 ミキは約束の時間の10分前にはそこに着いていた。
小さい頃から暑さには強く、人が汗だくになるような暑さでも、いつも涼しげな顔をしていた。額に汗がにじんで光るなどということは一切なかった。
 正面玄関に入ると、暑さから避難するように他の待ち合わせ客で一杯だった。周囲の人々の手には、一人残らずハンカチが握られ、持ち主の汗を吸い取っている。ミキは、夏にハンカチで汗を拭くという事さえも経験がなかった。自分でも気になって病院へ行って診てもらったりもしたが、別にこれといって異常はなく、単に暑さに強いのだろうということだった。他の若い女の子達が肩の出たノースリーブのシャツなどを着ている中で、ミキは冷房を肌寒く感じていた。外で待っていようかとも思ったが、今朝からあまり体調が良くなく、軽いめまいがしたりしていたこともあって、健康体でも目が眩むような日差しの明るさは避けたかったので、外へ出ることはせずにいた。

 その年は梅雨が非常に短く、雨が降らなくなってから約一週間後に梅雨明けが宣言され、 え?もう終わっちゃってたの? と、多くの市民が気がつかなかったような梅雨明けだった。夏の訪れは早く、日焼けをした人が多く見られた。ミキの周辺にも、もう既に海や山のようなアウトドアで楽しんだのだろうと思われる健康的に日焼けした若い女性が何人もいた。そんな中で、ミキは逆に目立っていた。
 切れ長の涼しげな目と高すぎない筋の通った鼻、形の良い口や生まれつき色素の薄い肌や髪の色は、女性なら誰もが羨ましがったし、170センチの長身とスリムな体型が、ミキの美しさをより一層際立たせていた。着ている服もシンプルで、程よく可愛らしい半袖ブラウスと短すぎないスカートをセンス良く着こなしている。ミキの存在に気付いた人は、誰もが思わずミキの頭の先から足の先まで、悪気のない視線を走らせていく。注目を浴びながら、ミキはタケシを待っていた。

 待ち合わせの時間を5分過ぎた。タケシはまだ現れない。ミキは時計を見ながらフッと笑みを漏らした。まただ。タケシはいつも時間より遅れる。それを知りながらも、自分は遅れないようにと早めに家を出、こうしてタケシを待つ。今日は何分遅れるかな、どんな顔して来るのかな、などと想像していつしか楽しむようになっていた。

 もうそろそろやって来る頃ね、と思ったミキは、足先の方向を変え、売り場の柱の陰に隠れた。今日はちょっと驚かせてやろうと、そこから正面玄関を見守る。すると案の定タケシが姿を現した。背が高くて細身。ボロボロのジーンズにTシャツ。肩まである髪は一つに束ねられ、キョロキョロしながらミキを探している。中年のおばさん連中が思わず眉をひそめてしまうようないでたちだが、反対に若い女の子達はタケシのことを溜息混じりに見つめていた。母親似であろうその端正な顔立ちと、鍛えられた細い筋肉が彼女達には眩しくもあるのだろう。タケシが時計を覗き、首が右から左に回った時、ミキはタケシの後ろに駆け寄り、背中へ人差し指を突き立て、耳元で囁いた。

「動くな。武器を捨てて、手を頭の後ろで組・・・・・・」
タケシは後ろ手にミキの頭をとらえ、くしゃくしゃっと撫でながら振り返り、笑った。


つづく
by kazuko9244 | 2012-04-27 14:03 | フィクション

キャンディ(ウェスティ)・ミルキー(ヨーキー)・とーさん・私の毎日の一部分♪


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